別名『地伏城(じぶせじょう)』といい、永正年間に田峯城主菅沼定信により築城されました。1575年の長篠の戦いで敗走中の武田勝頼を梅酢湯でもてなした言い伝えもあります。1590年(天正18年)徳川家康の関東移封とともに廃城となりました。

武節城址公園の東側が間伐されて、稲武町市街地・城ヶ山の眺めが良くなりました。春には公園内の枝垂れ桜も満開になります。ぜひおいでください。

登城記念として、どんぐり工房・いなぶ観光協会観光案内所にて
「武節城址 御城印」
をぜひどうぞ!

住所
豊田市武節町シロ山
データ
今も残る
5つの曲輪(くるわ)と空濠(からほり)